代表作品を鑑賞できます。解説とあわせてお楽しみください。
「お茶の水高台風景」 1955年、紙・パステル
「若い時から売り絵作家だった私は、自分の研鑽の場として50代までの間、何千枚ものデッサンを描き続けて参りました。仕事の合間をみては写生をしたり、素描をしたりの繰り返しでした。昆虫や植物も本物を見て描き続けたために様々なものを観察する訓練ができたお陰でしょうか、私は〈花と蝶を描く作家〉になれました。」
1998年都内の美術館において「鷹山宇一卒寿記念展」が開催された。この一文は、画家90才と個展開催を祝したパーティー「茶話会」での鷹山の挨拶から抜粋したものである。70余年にも及ぶ長い画業を振り返るが如く、初期からの作品が展示された会場には、鷹山の生涯で初公開となるデッサンたちがあった。
「若い時の力はいつまでも続くものではない。40、50の時、再度デッサンを研鑽することで、その力が死ぬまで血となり肉となる」と、鷹山は誰に見せるわけでもなく、自らの強い意志のもとアトリエの奥深くに保管していた。しかし、公開されたデッサンはというと、「研鑽の場」に留まるどころか見事な存在感を持って、作品としての完成度が高いものばかりであった。
パステルで試みられたこのデッサンには、鷹山の油彩画に表現されている独特の叙情性がすでに漂っている。単なる写生で終わらせることなく、心の内側へと深く掘り下げた「心象風景」を描いたとでも言えようか。異国のたそがれ時を描いたもののようであり、タイトルを見るまでは、これが実在する日本の風景であろうとは思いもよらない。そして、幻想性を一層高めている大きな要素のひとつは、紙質やパステルの持ち味を熟知し、これを巧みに活かすことのできる画家がなせる技、ではなかろうか。超現実的な魅力を秘めた、鷹山宇一ならではのデッサンである。
(学芸員 大池亜希子)
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