代表作品を鑑賞できます。解説とあわせてお楽しみください。
「小さな世界」 1993年、キャンバス・油彩、72.8×60.8cm
1993年春季二科展出品作
三姉妹の長女に生まれた私は、鷹山姓を名乗っていましたが、長い間子どもがおりませんでした。父・宇一はそんな私に「鷹山の家が君の代で終わって何が悪い。」と申し、決して跡取りのことは口にしませんでした。父母の思いはよくわかっていながらも、毎年歳を重ねていきました。
そんな四十歳を優に超えた私に、誰しも想像だにしていなかった突然の男子出産でありました。
なにより八十四歳で嫡孫に巡り会えた父の思いは言葉で言いつくせぬものがあり、画家鷹山宇一は、この無上の喜びを、作品「小さな世界」で表現をしました。
生物の母体である海を主題に、波打ち際に遊んでいる小さな蟹を手前に描き、その子蟹を見守るがごとく波上に蝶が飛び、遙か水平線には、父の託した夢や希望が光り輝いている。― 文字通りの逸作であります。厚意で美術館に飾られているこの作品を見るたびに、溢れるばかりの父の愛情と、わが子を初めて抱いた時の感動が昨日のごとく甦ってきます。
お七夜の時、父はそっと赤ん坊を胸にし、「七年間は長生きしなければ坊やに忘れられてしまう。」と笑いながら、「よく生まれてきた。人間は生まれて来るだけで価値があるのだ。」と言葉を続けました。
私たち娘が生まれた時、孫たちが誕生した時、又、己自身を奮い立たせるとき、父は何度かこの言葉を口にしたのだろう
― 人間は生まれて来ただけで価値がある ―
私もこの言葉を反芻しながら涙を押さえることができませんでした。
「風樹の嘆」の如き、孝養を尽くしたい時には親は待っていませんが、「小さな世界」は、私にできたたった一つの親孝行のまねごとでした。
( 青森県立美術館館長 鷹山 ひばり)
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